イカ好み | |
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高10回 大浦 克彦 |
春の花見。夏の海水浴。秋の行楽。冬のスキー。あらゆる祭り。その時になぜいつ
もイカの屋台がでるのか・・・。北海道から九州までどうして日本の海岸で、”○○ 名物焼きイカ”が売られているのか・・・。 以前から不思議に思っていたが、全国のイカ消費量の何と四分の一も消費する函館 の街に赴任したのを機に、イカのことを少々調べてみる気になった。 まず日本は、世界一のイカ生産国であり、同時に輸入も世界で一番多い。それも並 外れて多い。つまり世界一のイカ消費国でもあるわけだ。しかも、昭和四十一年以来、 一世帯当り年間水産物購入量の首位の座を独占している。そのうえ地域別にみても、 四国を除きどの地域でも断然トップ・・・。 現代日本人の一番好きな水産物は、何と、イカなのだ。それではなぜ日本人はそん なにイカが好きなのか・・・。 若い人は「骨がないから」、中年は「柔らかさと滑らかさの中に適度の歯ごたえが あるから」という。老人は「物心ついた時から食べつけていたから」。もう結構。 パンダがなぜ竹の葉が好きなのか、コアラの大好物がなぜユーカリでなければなら ないのか、と同じ類だ。いや、このことから導き出せる結論は、ただひとつ、得体の しれないのが日本人だというほうが、適切かもしれない。 「イガ、イガー、イガいらないがー」との懐かしい売り声も、最近乱獲のせいか、 めっきり少なくなったと地元の人はいう。それでもこの声を聞くたびに、名優の六代 目菊五郎のセリフではないが、「イカサシで一杯やりていナァ」と思う。もちろん、 一番は、イカ釣り船の上で食べるイカの刺身である。 釣り上げた直後は鮮やかな茶褐色である。一、二分後、突然激しく、ネオンが明滅 するように体色が美しく変化し始める。金、銀、緑、茶、青、それにまったくの透明 も加わって、激しく盛んに燃え立っているようにみえる。残酷だが、この時に細くブ ツ切りにし、どんぶりに山盛りにする。しょう油と古しょうがの薬味をまんべんなく タップリ振りかける。ハシでかき回し、一息に口いっぱいに頬張る・・・。懐かしい 海の甘さが広がる。舌にトロける。それが口全体に染み渡って何ともいえぬ豊潤さに 変わる。これが正真正銘のイカ刺だ、とハッキリ断言できる。 今日も窓から漁火がみえる。喜びの目に映る黒い水平線上の海のシャンデリアは、 竜宮城のようにはなやかだ。悲しい時は情けないほど美しい。 「ヨシ、イクゾオー」。 |
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