江尻のネームバリューが、22回卒業で野球部OBの釜石君と及川君に知り合うきっかけを作ってくれた。
同窓同級と言っても、全く初対面の場合もある。
まず、釜石君、ひたむきな生真面目さを包む独特のユーモアが印象的。
かつて辞令一本で南米の大国へ赴任したと聞くが、二高風に洗練されたシティボーイと見た。
片や及川君は経営者だそうな。開口一番、「江尻を頼む」と抜き身の一升瓶を差し出してくれたものだ。
正直、一流銘柄に救われる思いで、率直な人柄を受け入れた。
今更にして思う。都会派の釜石君と根っからの自然児及川君が鉄壁の二遊間を誇っていたのだ。
ごった煮の中で、互いの色を失わずにたぎっていた野菜の如きを想像してしまった。
鍋を煮立たせていたものは、定期戦かはたまた甲子園か。何も考えずに、自分の個性を垂れ流せた時代が懐かしい。
同類項を作り・作られることに慣れ切ってしまった今、煮えたぎっていた時を共有出来る両君を見て羨ましく思った。
さて、江尻。我々二高同胞のノスタルジーを喚起してくれた。
5月14日、時あたかも二高・一高野球定期戦の初日である。
セパ交流戦・対横浜2回戦のマウンド。江尻の体内時計は、既に完封に向けての時を刻み始めていた。
4回までベイスターズ打線を、3番金城のショート内野安打一本に抑える。
見ごたえは、4番佐伯を二打席連続で空振りの三振に仕留めたフォークボールの冴えだ。
5回表、この回先頭の5番多村を打席に迎える。2&1と追い込んで外角に配したフォークボールを多村が見た。
振らせにいったワンバウンドではない。決めに行った一球をだ。
カウント2&2。「多村は外角狙いですよ。そして、江尻の勝負球も外角です」と言い切ったのは、解説の福間納(元阪神投手)。
ボールと分かるストレートが内角高目に外れて、カウントは2&3。
更に、外角低目のストレートとカットボールを二球続けて多村がカット。
解説福間の読み通り、江尻は執拗な外角攻めに拘った。そして、決め球も外角へフォーク。
投げさせた多村、それを知って投げた江尻、結果は左中間の二塁打。
しかし、プロのバッターとピッチャーの駆け引きを充分に堪能させてくれた。
この5回ノーアウト2塁のピンチは続く3人の打者を凡打と三振に捩じ伏せた。
四球のランナーを出した7回・8回は内野ゴロ併殺で切り抜ける。特に併殺の場面はいずれも甘いボールだった。
打ち損じではなく、野手の正面を突く幸運な当たり。何よりダブルプレーが球足の強い打球を証明していた。
多分にツキと見る向きもあろう。しかし、完封に向って時を刻み始めた体内時計を、江尻本人でさえも止めることが出来なかったのだ。
恐ろしい程に好調なテンポに包み込まれた江尻は、失投をものともせずに完投と完封の二兎を手にしてしまった。
完封までのカウントダウン、それはまさに勝利の感触として江尻の魂に宿っていよう。
しかし、手応えはいつも不確か。時として悪魔の囁きに変わるものだ。勝利に向う秒針は君の自信で起動させよ!!
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